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パーリア資本主義の行方

2011年02月07日

  エジプトで百万人規模のデモが続く。1989年の「ベルリンの壁崩壊」で共産主義諸国は存在意義を失ったが、チュニジアに端を発したイスラム諸国での独裁政治切り崩しは、「イスラムの壁崩壊」となるのか。

 以前は、旧ソ連から自由と独立を勝ち取ろうとしたウクライナの「オレンジ革命」(2004-05年)が不発に終わっている。ロシアから天然ガス・パイプラインを断ち切られるなど経済的繁栄の道をふさがれたのが痛手だった。

 イスラム圏では人口増加により、若年層が人口の大半を占める。グローバル化の時代に育った彼らが自由と繁栄を求めれば、ガチガチのイスラム原理主義や旧態依然とした独裁主義の政治体制は、到底受け入れ難い遺物なのだ。しかしこの先、イスラム圏では国民の政治的自由を支える経済的繁栄は可能なのだろうか。

 本稿では、パーリア資本主義とJカーブという二つのツールを用いて、その問いに応えようと思う。パーリア資本主義とはマックス・ウェーバーや大塚久雄が西欧資本主義発展史で西欧社会と非西欧社会の発展を比較するときに用いる概念である。パーリアとは賤民を意味する。そうした言葉を用いたのは、社会的資本の整備のないうえに営利主義だけがはびこるような経済活動を、資本主義の本来の在り方(市民的資本主義)と区別するためである。

 市民社会の基盤なしに営利に猛進する経済システムが国家中央集権的官僚体制の政治とタイアップすれば、そこでは、個人の内面や良心が存在することすら許さない。まさに、「洗脳されたファシズム国家」とその抑圧が見て取れる。

 国家資本主義体制が共産主義独裁と手を組んで経済成長を続ける場合、成長から取り残された貧しい人々は経済的不満から当局に対して怒りから、異議申し立て行動に発展することも多い。政府当局が武力で圧し、個人の言動を監視し、言論の自由を制限するなど、専制的な抑圧を繰り返すことになるだろう。

 また、イスラム原理主義のような徹底した宗教国家や軍事独裁政権下では、徹底的な抑圧を行えば行うほど、自由化の兆しが国民にとって生きる唯一の希望となる。支配者の立場から見れば、急速な世俗化あるいは自由化は、政治的混乱を招く。こうした場合、経済成長に欠かせない政治体制の安定は、基本的人権が存在しないことを前提とした「パーリア」性と相容れず、全体主義の矛盾を抱え続けることになる。

 米国の若き政治学者イアン・ブレマー(Ian Bremmer)は、Jカーブ(曲線)の概念を用いて、政治リスクのモデル化を試みている。特に経済成長を遂げる新興国が独裁主義から民主主義へと移行するさいに、どのような政治的リスクが生ずるか類型化を試みている。

 Jカーブとは、金融のタームとして、企業再生ファンドや未公開株に投資するプライベート・エクイティでよく用いる。「J」がやや斜め後ろに倒れたような形で表れる曲線が、ファンドの特性を示す。時間軸を横軸に、キャッシュフローを縦軸にとると、企業再生のスタート時点では運用手数料の支払いがコストとして出ていくため、ネット・キャッシュフローがマイナスに落ち込んでいく。やがて、企業再生が進み、価値が高まり、一定期間後にキャッシュフローがプラスに転じる。その後、順調に企業が成長し、手数料を超えて収益が伸びていく。

   

 ブレマーは、金融リスク分析のツール「Jカーブ」を、政治リスクの理論構築に応用している。ブレマーのJカーブでは、横軸に、外に向かってオープンな度合いをとり、縦軸に政治的な安定度をとる。

 Jカーブの左上側①に位置する国家は、ひたすら外に向かって国を閉ざし、完全な独裁政権を維持している国家である。典型的なのが北朝鮮、かつてのフセイン政権下のイラク、カストロ独裁下の社会主義キューバである。国民が外部と接するのを禁じ、自由と人権を抑圧すること国家の維持と安定を図っている。内向きで安定性はあるものの、まったくオープンでない国家である。

 グローバル化が進み、国民が海外の情報を知り、民主化運動が高まるにつれ、独裁体制が崩れ、政治的に不安定な状況(内戦や革命)に陥る(②の位置)。やがて、政治体制が安定化に向かい、開放政策により経済成長が始まると、Jカーブの底から立ち上がり、右上へ③と持続的な成長を遂げていく。多くの新興国の場合、まず経済成長が国民の生活を底上げし、教育や情報が行き届くよういなってから民主化運動がおこり、政治的な安定へ向かうといったパターンが予想される。

  1989年の「ベルリンの壁崩壊」を機に、共産主義的な独裁国家はJカーブの右側への移行を余儀なくされた。1990年には、東欧・中欧諸国は、旧ソ連の支配下から放り出され、EUの新興市場としてグローバル化の流れに巻き込まれていった。

 そして、21世紀に入り、西欧キリスト教以外の宗教を掲げる中東やアジア地域、特にイスラム圏において、世俗化、自由化を求める動きが若い世代から出てきている。

 その意味で、共産主義国家中国がグーグルの企業活動を制限しようとしたケースは興味深い。インターネットとグローバル化の今、スターリンのような厳しい言論統制の時代に逆戻りできないのだ。かつてのパーレビ国王下のイラン、サダム・フセイン下のイラク、チャウシェスク下のルーマニアなどに見られた秘密警察による異端審問や思想検閲、言論弾圧をおこなう国家装置は、長い間国民を恐怖に陥れ、疲弊させた。そして、そうした体制は国の経済を破壊し、政府が崩壊することを歴史が証明してきた。

 国家独裁体制はJカーブの大きく落ち込んだくぼみに位置する。このどん底からどのように這いあがり右上へ上昇してゆくか。いくつかのケースを見てみよう。

(1) 資源国のケース

 資源で国庫が潤う国家において、政府が国富を独占する政治体制が敷かれるケースがある。完全な独裁政治よりやや外部に開かれたオープンな国家として、Jカーブで示すと、サウジ、ロシア、そしてイランが当てはまる。

 グローバル化が進むにつれ、為政者は世界経済とのつながることで成長し、利権を守る一方、外部の情報や影響が国内に及ぶのを妨げられない状況に置かれている。保守的なワハービ主義を掲げるサウジ家王族の支配、そして、イスラム原理主義的な支配を掲げるイランは、国民の不満の高まりを簡単に抑えることはできないだろう。

   

 ロシアの場合は、「強い国家、自由な個人」をプーチン大統領のモットーに見てとれるように、国家が個人よりも先に立つ。旧ソ連からロシアへの移行期に、ロシアの豊かな資源は一部のオルガーキーに独占された。プーチン大統領はオルガーキーを一掃し、天然ガスや原油など再び国家管理下に治めた。

 イランとサウジでは人口増加が著しい。国の人口の大部分を占める30歳以下の若い人々は、グローバル化とともに育ってきたインターネット世代である。原油による収入で国庫が潤う限り、若者の物質的な満足度を高め、不満を減らし、現政府の正当性を延命できるかもしれない。しかし、世界とつながっていることが当たり前の彼らに対して、国家が「孤立」を強要することはもはや不可能であろう。唯一の平和的解決策は、国民全員が安定的な経済成長の恩恵を受ける「上げ潮政策」をベースにした国づくりであり、技術革新が成長を推し進める原動力となるだろう。

 現にサウジアラビアは、海水から水を創り出す技術を開発し、砂漠を緑地帯に変え、農業国として自給率を上げようとしている。サウジアラビアがアダム・スミスの「自然のなりゆき」をベースとした成長を遂げるかどうか。その過程で権威的なイスラム宗教国家が民主的な政治体制に移行できるのか。また、国富が公共の富 Common Wealthとして蓄積され、市民社会の発展が可能なのか。現在のエジプト情勢も含め、アラブ世界の近代化の過程に注目したい。

(2) インド、シン首相の改革経済 

 ベルリンの壁崩壊後、社会主義的な経済政策を取ってきたインドにも転機が訪れた。1991年にラーオ首相が経済学者であるマンモハン・シンを大蔵大臣に任命した。シン大臣は自由化政策により規制緩和、民営化など改革を推し進めた。その成果があり、1990年代にインドは経済成長のプロセスに入った。つまり、Jカーブの②から③へ、右上がりの曲線上に乗った。

 シン大臣の経済改革はインドに政治的安定をもたらした。特に2004年からシンがシーク教徒として初めて首相の座に就き、その経済手腕に基づき多民族、他宗教のインドが国民経済として成長を続ける基盤を作り上げた。もともとインドは英国から独立を勝ち取った直後から民主主義を標榜してきた。その意味では政治的には、民主主義の制度化について指導者層の意識が進んでいたといえよう。

 1998年にヒンズー中心の右派、インド人民党(BJP)は、イスラム法(Muslim Personal Law)を廃止し、国民のための民法典に一元化した。民法典では、ヒンズー、イスラムなど各宗教を超えて、結婚、離婚、相続に関する民法を設定している。このように、特定の宗教上の正統性ではなく、多様性を踏まえた市民社会の規範と法の支配の確立が、インドの政治的安定をもたらし、経済成長を支えている。

 ただし、因習としてのカースト制は21世紀になっても完全に消え去っていない。この制度はヒンズー教のもたらした固定的な身分制であり、個人は生まれながらきめられた職業や社会的地位にしかつけないとしている。しかし、IT革命は、インドのこの古い制度をも変えようとしている。

 インドでIT産業が発展したのは、カースト制度にはITという新しい分野における職業についての規定がなかったためだ。カーストに縛られることのない新規事業に、ハングリー精神に溢れた優秀な人々が参入し、経済的自由を獲得したのだ。インドではITベンチャーが「カーストからの自由」を刺激し、起業家に経済的利益と新しい社会的地位をもたらした。

 カースト制度のような長年にわたる慣習が社会から完全に消えてゆくには相当な時間がかかるだろう。だが、持続的な経済成長が国民全体を豊かにすることで、悪しき因習は人々の主要な関心事ではなくなり、偏見や差別も薄まっていくと思われる。

(3) 中国 次なる大躍進

 中国は法治国家ではなく、人治国家であるといわれる。人治による支配は、移住を制限する戸籍制度や、共産党の下部組織であり労働生産単位である作業単位に網羅され、相互監視システムが社会の隅々にまで行き渡っている。個人の意識や行動は集団と一体化し、いわば自主的な洗脳(Indoctrination)が効率的に行われている状況に近い。

 1989年の天安門事件以降、中国は、実質的な「生活苦からの解放」、あるいは一等国になるという国家目的のために、共産党一党独裁も手段の一つという、妥協のない姿勢を貫いてきた。中国そのものがサバイバルし、自己再生が自己目的化したシステムともとらえられる。

 中国の経済成長が続き、一人当たりGDPが5千ドルを超えて豊かになると、国民の環境意識の高まりや政治的権利を求める声が大きくなってくるだろう。そうした局面を見据え、秩序維持可能な体制への移行を中国は模索している。中国の次なる「大躍進」はJカーブの②を通らず、①から③へジャンプし、③から右側に平和的移行を果たし、さらに自由化を進め成長を続ける(右上へ移動)ことである。そのためには、政府への尊敬と市民社会的な道徳的倫理へと人々を導くような啓蒙活動が必要となるだろう。

   

 成長を遂げるには、国家の成長戦略が欠かせない。そして、戦略を執行するためには、明確なビジョンを持ったリーダーシップが必要である。グローバル化の勢いに乗って新興国では、パーリア性から脱却し、安定と成長を図るには、つまり、Jカーブを右上に伸ばしていくには、市民社会的な道徳・倫理観をベースにした「社会資本」を整備し、政府は国民から尊敬と支持を得ることが必要となるだろう。

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