国際金融情報 銭形ヘッジ(ZenigataHedge)

危機を超えて成長する通貨ヘッジファンド

2011年01月27日

 2003年に運用開始来ずっと年間プラスのリターンを上げている通貨ヘッジファンドがある。リーマン・ショックのあった2008年もプラスで、その後も順調にコツコツと積み上げている。その秘訣は何か。以下、ファクター・モデルについて最新情報をレポートする。

 FX(外国為替証拠金取引)トレーディングはミセス・ワタナベをはじめとする個人投資家を魅了してやまない。ほんの小額の自己資金と短時間で、1日24時間ラスベガスにいるように、楽しめる。パチンコは自宅ではできないが、FXはパソコンの前にいつでもラスベガスが広がっているような気分にしてくれる。

 FXは、プロ中のプロ、CTAやヘッジファンドの運用者にとっても魅力的な運用手法である。価格のトレンド自体を分析してポジションをとるCTAは通貨のみならず、株やコモディティにも投資するが、国際金融危機後グローバルな投資家は透明性と流動性への要求を強め、より流動性の高い先進国通貨に特化したピュアな通貨ヘッジファンドを注目している。

 ミセス・ワタナベもヘッジファンド運用者も、マクロ経済指標など同じような数字やニュースを日々追いかける。さらに、最近はコンピュータ技術やソフト開発が進み、個人でもさまざまなソフトウェアを使いこなせば、かなり高度なクウォンツ運用が可能になってきている。

 このように、プロと素人の垣根がなくなっているとはいえ、長年にわたりブレることなく、コンスタントに収益を上げ続けるのは至難の業である。そんな中、過去8年にわたり毎年プラスの収益を誇るヘッジファンド運用者がいる。彼らの戦略はなぜ有効であり続けるのか。その理論と実践についてみていこう。

  ウォレン・ナフタルはP/Eインベストメンツ社を率いる通貨ヘッジファンドの運用者である。ボストン郊外にあるウォレンの会社は、共同経営者のリチャード・ゼッカー博士とともに1995年に設立された。現在、世界の主要通貨のロング・ショート取引を行う「FX(為替投資)ストラテジー」ファンドを運用している。二人のFXストラテジーは、2003年の運用開始以来、毎年プラスのリターンを上げている。

 特に注目すべきは、危機の3年間の収益である。「クウォンツ運用のメルトダウン」があった2007年には0.38%、リーマン・ショックの2008年には18.12%、2009年13.22%と、運用の最も難しかった期間に連続してプラスの実績をあげている(すべて米ドルベースの実績)。

 さらに、プラスの実績を支えるリスク管理についても注目すべき点がある。ウォレンの8年通しての平均リターンは年率13.33%、リスクを図るボラティリティ(標準偏差=ブレ幅)は10.62%である。持続的な安定した実績の源泉はリスク制御であり、ブレ幅を抑えることで激しいFX相場の動きを乗り切ってきた。

 リスク制御が効くかどうか、この点にプロと素人の決定的な違いが出る。ミセス・ワタナベも運がよければ、レバレッジをかけて小さな元手で大きく儲けることができる。逆に、もし裏目にでたら、大きな損失を抱えてしまう。こうした丁か半かといった投機的な運用では、ボラティリティ(標準偏差=ブレ幅)が大きすぎて長期の安定収益は望めない。プロは、ボラティリティを最小化することで「リスク調整後のリターン」を高めるよう力を尽くす。

 ウォレンとゼッカー博士は運用にあたり、まず価格変動リスクを米国債10年物と同等の年率12%以下に設定し、年率12-15%のリターン(3年間を通した年換算リターンとして)をターゲットとした。そして、過去8年にわたり、目標とするリスク・リターン水準を達成している。その秘訣は「ファクター・モデル」にある。

 ミセス・ワタナベなど多くのFXトレーダーは、金利、債券、為替、インフレ、商品価格の動向などに着目する。例えば、円ドルのFXでは、刻々と変化する日米の金利差、ドル円、金や原油の先物価格などをウォッチしながら、FXトレードを行う。

 ウォレンのチームは円ドルを含む先進13カ国(G13)の通貨を売買する。ウォッチする多くのマクロ指標のなかで、為替の動きに影響を与えるもの(ファクター)を選び、それぞれのファクターの動きと為替の動きの関係を分析する。たとえば、円ドルのレートは日米の短期金利差に影響を受ける。この場合、短期金利差がファクターとなる。また、一般にキャリートレードでは、金利の高い通貨が買われる。そのため、米国の短期金利が日本の短期金利よりも高い間は、ドル買い円売りを行う。

 ドル・円のこの程度のFXトレーディングであればミセス・ワタナベとそう変わらないかもしれない。大きな違いは、ウォレンがG13通貨に分散することに加え、彼のモデルでは予測を立て、予測と実際の結果が一致するかどうかでリスクを測る点にある。予測がはずれれば当然リスクが大きくなる。

 予測とは、「将来、円安になるかもしれない」といった漠然とした予想ではない。ウォレンのファクター・モデルは、G13通貨に関する多くのデータからファクターの動きと為替の動きの関係を分析することで、どのような収益の関連性がどの程度あるのかを示す。このモデルの示す関連性に基づき、どの程度の収益への効き目があるかを知るのが「予測」なのだ。

 例えば、データ分析から、日米の短期金利差が大きいときにドルの対円上昇率が大きいという一定の傾向(トレンド)が見いだせる場合、米ドルの対円ロングポジションを取り、収益を上げる。この傾向が続く限り、円ドルでの予測は実際の結果となるので、リスクは少ない。

 ところが、同じ傾向がいつまでも続くわけではない。時間とともに円ドルの関連性も変化するし、金利差というファクター自体も変化していく。変化が起こるのは、次のような場合である。短期金利の水準が変化しなくても、キャリーポジションがたまってくると、その逆流=キャリーの巻き戻しが起こる。また、リーマン・ショックのようなクレジットスプレッドが急拡大し、金利差が材料であった為替市場に信用市場が影響する場合などである。このような潮の目が変わる局面では、従来の予測が有効でなくなり、リスクが膨らんでしまう。

 予測が有効性を失っていく局面で、ウォレンのファンドは「今日円が下がったのは日銀の介入のせいで、明日までその効力は続くかもしれない」といった漠然とした期待や主観を徹底的に取り除く。新しいデータが昨日までと異なるトレンドの動きを示す客観的事実を解析し、次の有効な傾向を見出していく。「何がわかっていたのか」そして「何がわかってきたのか」をアップデートするために、統計学のベイズ理論を活用する。

 ベイズ統計学とは、母数(=全体)に不変的な傾向があるかどうかわからない場合、標本(=データ)から得た傾向から、逆に母数の傾向を推定しようというものだ。具体的にFX戦略にあてはめると、以下のような考え方になる。マーケットでは日々新しい情報が追加されていく。マーケット全体で真の解を見い出せなくても、ある期間、全体の事象がある傾向に近づいていくのを推定することができる。その場限りの最善の推定を行い、その行為を続ける、これがモデルの実践となる。

 戦略のキーは、有効性がなくなってきている材料に執着せず、次の有効な材料に乗り換えていくことでリスクを制御する点にある。ウォレンは一カ月に5%のストップロス(損切り)を決め、この場合はポジションの80%を解消する。ウォレンのリスク管理は、不透明なファクターは見ない、有効性が明確な場合にのみポジションを取る、と原則シンプルである。

 実際、G13通貨について、収益をリードする有効なファクターは、数か月で変化している。変化は、日々の金利、イールドカーブの形状、物価(商品のインデックスで代用)など入手可能な情報に独自のデータ分析と統計理論の活用といったプロの加工を経て、見いだせる。

 たとえば、サブプライム・ショックに端を発したクウォンツ運用のメルトダウンが起こった2007年8月から2008年12月までCRBインフレ指標がファクターとなったが、やがて、2008年1月から10月までは短期金利イールドカーブ(1カ月ー12カ月)の形状がより強いファクターとなった。さらに、同年9月のリーマン・ショック以降は長期金利イールドカーブ(1年-10年物)が最も強いファクターとなった。ファクターの重要度は数値で示される。

 こうした変化は、G13でリーマン・ショックまで短期金利を下げる競争があったことを示している。そして、ショック後には各国の景気回復の可能性が長期金利に大きく影響し、回復の期待度の高い通貨の長期金利が高くなり買われ、そうでない通貨が売られた。このように、金融危機の前後にはファクターが大きく入れ替わった。こうした変化を次々と数値でとらえ、客観的な判断に基づく取引が、危機の中プラスの実績に結びついたのだ。

  さて、ウォレンのファクター・モデルは、新興国の通貨市場にこのモデルは当てはまるのだろうか。ウォレンは既にブラジルなど南米の通貨に対して検討を始めている。

 新興国ではG13と比べて、いくつかの問題がある。現在のこのモデルで利用しているのは上場通貨先物である。新興国の場合は上場している通貨が限られ、さらに常用していても取引量が少ないという現いつ問題がある。先物市場が不十分な場合には、先渡取引(Forward)か、もしくは、現物での取引に制限されてしまう。先渡しではカウンターパーティ・リスクが伴う。また、新興国の通貨は一般的に先進国の通貨に比べてオファー・ビッドのスプレッドが大きい。現物ではレバレッジが使えない。ファクター・モデルによる新興国市場での通貨プレイができるようになるには、こうした問題を解決しなければならない。

 アジアの通貨に関しては、高金利通貨としての魅力は薄れてきている。成長著しいアジア諸国の中で、やや高めの金利を提供できるのはインドネシアとフィリピンくらいだ。多くのヘッジファンドはアジア諸国の高い成長性を見込んで、通貨よりも株式への投資に注力している。アジア諸国対象の純粋な通貨プレイのマネジャーはほとんどいないと思われる。また、人民元に関しては、政治的な要因で水準が決まるため、相場感で一方的なポジションをとるファンド以外は投資対象になっていないのが現状である。

 このところ、ファクター・モデル以外にも、行動経済学や様々な理論に基づくモデルが開発され、データ処理やトレーディングにおいて著しい技術進歩がみられる。こうしたモデルは、流動性と透明性の確保できる為替、債券、株式市場で試されている。ヘッジファンドの投資運用も情報処理とデータ解析、検証を繰り返す、科学の段階に入ったようだ。

(エコノミスト臨時増刊号 2010年11月15日 に寄稿した記事に加筆したもの) 

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