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  • 2007年11月01日

    アディクタム 2007年11月号

    またしてもヘッジファンドの仕業?

    2007年8月、米国のサブプライム・ローンに端を発した世界株同時安の危機は投資家をヒヤリとさせた。1年前にサブプライムという用語の存在する 知っている人は少なかっただろうと思う。しかし、連日の新聞報道やテレビ番組での解説のおかげで、いまやタクシーの運転手さんまでがサブプライム・ローン が何であるかを知っている。
    だが、米国の低所得者向け住宅ローンの焦げ付きが増えたことで金融市場がなぜこれほどまで揺るがされ、日本の株価も下がるなど日本の投資家もその被害を受けた背景と理由について、はっきりとした答えを出せた人は少ないはず。
    運転手氏いわく。「だいたい、アメリカの住宅ローン会社はなんでそんなにリスクの高い貸してにローンを出すんですかね。日本じゃ想像できません。それに、 サブプライム・ショックはヘッジファンドによって引き起こされたんでしょう。日本株安も円高もすべてヘッジファンドのせいですよねー」
    何か金融危機があるとその要因を作った犯人がヘッジファンドと決め付けるのは、何も今に始まったことではない。1997年のアジア通貨危機、1998年の ロシア危機のときも矢面に立ったのは確かにヘッジファンドであった。そして、メディアは、ヘッジファンドに国際金融の黒幕、得体の知れないグローバルな投 資集団のような悪いイメージを植えつけてしまった。それからはや10年、ヘッジファンド業界は急成長したのに、このときのイメージはまだ消えていない。
    今回のサブプライム・ショックは、じつは1年半ほど前から予想されていた。多くの市場関係者は、2003年から続いた強気相場、そして、超低金利によるカ ネあまりの状況にいつまでも永遠に続くことはない何かのきっかけで過剰流動性に歯止めがかかる、という認識を持っていた。
    こうした説明をすると、運転手氏は「そうですよねー、日本のバブルのときもすごかったですからね。そしてその後の不良債権のもんだいもね」と、なんとなく納得してくれる。
    バブルに浮かれず、しっかりし認識をもっていたヘッジファンド運用者や投資家は、ポジションをあらかじめ調整していたため、この8月のサブプライム・ ショックのリスクを最小限にとどめている。一方、株安や円高で損失を被った運用者や投資家はヘッジファンドがリスクを増幅させたと声高に訴えている。

    黄信号、みんなで渡れば...

    ヘッジファンドは千差万別で、このサブプライム・ショックで大損して店じまいをしたところもあるし、利益を出しているところもある。今回のショック では、1998年のロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)のような大型ヘッジファンドのメルトダウンが金融システム全体に波及するという 事態はなかった。しかし、ヘッジファンド業界には「ヘッジファンドにヘッジ機能があるのか」という疑問が浮かび上がった
    「赤信号、みんなでわたればこわくない」あるいは「長いものに巻かれろ」式メンタリティーは何も日本の組織にだけに限ったものではない。2003年からの 強気市場でヘッジファンド業界への資金流入が急拡大するにつれ、ヘッジファンド運用者にもこうしたメンタリティーが広まっていった。その現実が、サブプラ イム・ショックで現実のものとなった。
    サブプライムに端を発した危機の始まりはじつは小さなきっかけだった。米国のクウォッツ系大手運用会社数社が、サブプライム関連の信用リスクの高まりに よって7月末に損失が出ると予想したことから、マージンコールに備えるために、一部のポジションの解消を始めた。数理統計学に基づく数量分析やコンピュー タによるポジションの解消は、まず流動性の高い米国株に向かった。
    大手数社が米国株を売り始めると、その動きはすぐに同じようなクウォンツ運用モデルを持つ運用会社に波及した。じっさい、米国株の僅かな価格変動に着目す るスタティスティカル・アービトラージ、ロング・ショートというヘッジファンドのオーソドックスな戦略において、多くのヘッジファンド運用者が、ほとんど 同じようなポジションを張って、同じような運用モデルによって売り買いを行っていた。そのため、大手数社の米国株売りをきっかけに、数日の間に売りが売り を呼び、相場を押し下げてしまったのである。
    サブプライム・ショックのきっかけは、このようにテクニカルな要因による。いわば、クウォンツ運用の同業者たちが「黄色い信号なのに手を上げてみんなで 渡ってしまった」ため株価を下げてしまったのだ。これでは、相場の動向と相関性が低いヘッジの手法はまるで意味を持たなくなり、ヘッジファンドの本来の ヘッジ機能が作動しなくなることを意味する。そうなるとヘッジファンドの存在意義すら揺らいでくる。
    もともとサブプライムに端を発した株価の下落は、先行き景気が悪くなるというファンダメンタルズ(経済の基本的要因)に基づくものではなかった。しかし、 米国株の下落が欧州とアジアの市場に波及するにつれ、米国の景気に対して、市場関係者の間に心理的不安が広がってきた。8月第二週に、大手ヘッジファンド の損失が20%、破綻するヘッジファンドの報道が続くなか、10年前のロシア危機とLTCMの崩壊の不安がよみがえってきた。
    この時期に、多くの賢明なヘッジファンド運用者はリスク管理を徹底し、損失を最小限にとどめた。具体的には8月第二週の木曜までにはレバレッジをはずし、 ショート・カバーに備えた。そして、相場のボラティリティーが増幅するにつれ、その反転の機会を待った。そのため、8月後半にかけて適切な措置を取った運 用者は8月前半の損失をやや取り戻したようだ。
    さいわい、米国連銀、欧州中央銀行による金融システムへの早い対応がみられた。インターバンク市場への資金注入によって金融パニックが起こることはほとんどなくなったと考えられる。

    ヘッジファンドもフツーの業界へ

    以上述べたように、ヘッジファンド業界のテクニカルな要因から世界株同時安の危機が出現した。株や通貨に投資している日本の個人投資家が、このと ばっちりを受けたといわれている。特に、外為の証拠金取引で日本の主婦層はヘッジファンド以上にレバレッジをかけてディーリングをしているのだと、この筋 のプロが教えてくれた。外国で彼女たちは「着物ディーラー」とよばれ、ヘッジファンド顔負けのリスクをとる「投機筋」とみなされる。
    しかし、このところの急激なドル円相場の変動で、じつは多くの着物ディーラーたちがこのゼロサムゲームで大敗したのではないかと、そのプロは不安を隠せな い。日本のメディアも、ヘッジファンドを国際金融の悪玉とみなすよりもむしろ、ヘッジファンドもどきの個人投資家に対してリスク管理の徹底を促したほうが 理にかなっていると思うのだが...
    かつてジョージ・ソロスが英国中央銀行にポンドを売り浴びせ、ヘッジファンドの名を一躍有名にしたのが、1992年だった。当時のヘッジファンドの運用資産総額は1千億円程度。現在は2兆ドル近いのだから、ヘッジファンド業界は過去15年で20倍の規模になったといえる。
    ジョージ・ソロスやジム・ロジャーズ、ジュリアン・ロバートソンといった個人プレイヤーに富裕層を中心とした投資家の資金が流入した時期は、ヘッジファン ド・ビジネス自体が家内制手工業の時代にあったといえる。つまり、少数の優れた運用者の巧みの技、目利き力が市場を上回るリターンを上げ続ける要因となっ た。ヘッジファンドの戦う相手は、ロング・オンリーの主要インデックスであり、通常の伝統的な運用戦略以外のニッチはたくさんあった。
    ところが、2000年以降、ヘッジファンドに年金や生保、銀行など大手機関投資家の大きな資金が参入するようになる。こうなると、ヘッジファンドはむしろ 個人ベースの運用よりも、大手投資家へ組織を挙げて対応するという、いわば一般の金融サービス業並みのビジネスへ変化していった。そこでは、個別運用者の 巧みの技よりも運用の透明性、ハイリターンよりもリスク管理体制が重視される。
    しかも、この8月のサブプライム・ショックのように、世界市場で同時多発的な危機に見舞われる場合、グローバルな規模ですばやく危機に対応できる能力がヘッジファンド運用会社に求められる。
    その意味で、ヘッジファンド業界は15年かけて、ちょうど英国が16世紀の毛織物工業から産業革命を経て18世紀に世界の工場となったのと同様の体験をしたといえる。
    世界の金融市場の雄となったヘッジファンドであるが、この先、ヘッジファンドにもっとも大きな影響を及ぼすのが世界景気の動向である。米国がリセッション (不況)に陥るリスクは低減するどころか、増幅されたとみられる。そして、そのようなシナリオにそって、ヘッジファンド運用者も投資家も行動する。
    金融資本主義の段階において、ヘッジファンドは危機を乗り越えるたびに、リスク管理の精密さを高め、規制当局との協力体制も強化して生き延びてきた。今 後、われわれが合理的に行動しようとすればするほど、もっと予測可能で、透明性の高いグローバルな金融プラットフォームが作られるのではないだろうか。
    そういう意味で、ヘッジファンドも自動車産業と同様、性能の高い商品(ファンド)の設計・販売場、運用とメンテナンス、アフターサービスを提供する金融事 業会社であり、顧客獲得のために世界市場でさまざまな運用会社が競い合うという意味においてフツーの業界になったのである。