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  • 2007年05月01日

    アディクタム 2007年5月号

    基本的な地政学上の変化

    世界は、対イスラム原理主義という単純な「テロとの戦い」という構図から、米・中・露の三国競合の時代を迎えた。そのライバル関係、利害関係の内実 はいっそう複雑である。ロシアはイランとシリアを支持し、中国とロシアは、イラン、北朝鮮、パキスタンの核ミサイル技術を支援してきた。
    2007年2月半ば、NHKで北朝鮮をめぐる六カ国会議の模様がトップニュースで流れる頃、米国は北朝鮮どころではなかった。露プーチン大統領がサウジア ラビア、カタール、ヨルダンといった米国と友好関係にあるアラブ諸国を歴訪し、米国の勢力を中東から封じ込めに動き出していたからだ。
    プーチン大統領のサウジ訪問は特に重要な意味がある。サウジもロシアも主要産油国。サウジが石油増産に踏み切ると原油価格が下がり、ロシア経済にマイナス になる。両国の利害は原油価格高止まりを狙う上でぴったりと一致しているのだ。加えて、プーチン大統領は将来の核開発の協力をサウジに呼びかける。そし て、ロシア国内のイスラム原理主義勢力への対策について話し合った。
    ブッシュ大統領の支持率が30%を割り込み、覇権国、米国の勢力が弱含むのを見て、中国やロシアは自国の国益追求に動き出した。
    米国はイラク問題ゆえ、イランに対し協力すべきであるが、核問題が大きなネックになっている。イラン対策として、米国はポーランドかチェコにミサイル配置 を検討していると伝えられる。さらに、2006年同様、今年もまた夏場にかけて、イスラエルとヒスボラの衝突が不安材料だ。米国はイラン問題を抱え、また 中国の経済的破局を招くような突然の北朝鮮の崩壊を防ぐべく、北朝鮮に対しては態度を軟化させるだろう。

    急速に進む国際分散投資

    21世紀の最初の10年の前半、右上がりの住宅価格と超低金利とが住宅ローン借り換え需要を起こし、家計は余剰資金を捻出して消費を続けてきた。 今、こうしたサイクルは終わろうとしている。周知のとおり、住宅ブームが終焉に向かっていることから、建設と住宅セクターが弱含んでいる。
    さらに、個人消費者はこれまで値上がり続ける持ち家の価値を担保に借入れを行い、消費に回してきた。この10年を消費者の観点からふりかえると、最初に株 価続伸、そして住宅資産バブル、お金は使いたいだけ使えるように感じられた。こうしたサイクルの終焉は消費者心理をどの程度冷え込ませるだろうか。
    そんななか、米国がその他の先進諸国よりも高いリターンをもたらしたにもかかわらず、特に大手機関投資家は米国から新興市場への分散を進めている。新興諸 国の景気は順調で推移している。インドと中国の経済発展は商品先物価格を押し上げ、特に中国の経済成長はスローダウンするといわれながらも、その勢いはま だ衰えずにいる。
    新興諸国の経済発展がエネルギー資源の価格上昇を招いていることから、ヘッジファンド運用者たちは今年も商品先物を注目している。特に代替エネルギーとし てエタノールへの期待が高まっている。エタノール工場への投資が増え、天然ガスと穀物との価格スプレッドが経済的合理性を欠くほどのエタノール・フィー バーである。
    米国議会はエタノール生産のために農家への補助金支給を検討しており、そうした事情から、エタノールは大統領選にも影響すると見られている。農産物におい て、大豆は穀物につられて高値になるだろう。ココアはアフリカでの不天候と消費の増加によって価格は押し上げられている。また、貴金属については、銅やそ の他地金は現レベルよりも価格が下落する可能性がある。問題は原油価格である。原油価格下落局面では多くのヘッジファンドが損失を出した。にもかかわら ず、かなりの運用者は原油価格高止まりを予想している。
    原油や天然ガス以外のエネルギー資源で再生可能なものに投資するニューエネルギー・ファンドが活性化しつつある。米国では1970年代にも原油価格が高騰 し、当時の米国は中東とベネズエラとの関係が悪化するなど、現在と似たような状況にあった。グローバルな投資家はこうした国際関係を考慮して、米国一極集 中的な投資から国際分散へ動き出している。

    さらなるフロンティアを求めて

    1990年代の新興市場にはまだ多くの未開拓分野(フロンティア)が存在したが、今後フロンティアは消滅し、新たなフロンティアを見出すことは困難になるだろう。かつてはエキゾチックにみえた市場も今日ではメインストリームになっている。
    ヘッジファンドの冒険的な投資家は、さらなる新興市場を捜し求めている。例えば、セルビアの金融セクター、ベトナムや元ソ連のジョージア、カザフスタンが注目される。カザフスタンでは石油・天然ガス資源が有望である。
    原油価格が下げない限り、多くのヘッジファンド運用者は、ロシアとカザフスタンについて強気である。また、コーカサス、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンが外資に新規参入を認めるようになり、将来有望とみている。
    新興市場への投資が魅力的なのは、先進諸国と比べて割安だからだ。新興諸国の企業収益率の伸びは2006年に年率15%であったが、今年も同様の成長率が続くと予想される。ただし、大きな金融危機がなければの話だが。
    金融危機の可能性はあるのだろうか。そのリスクに脆弱さをさらすのが、ほかでもない新興市場である。米国の経常赤字は1兆ドルに近づき、米国は安価な製品 を中国、インド、南米から買う。米国以外の世界中の貯蓄が米国の赤字を補填している。あたかも米国が買い物をするために諸外国がローンを出しているような ものだ。貿易赤字を補填し続ける諸外国は米国が崩壊するのを目の当たりにしたいとは思わない。しかし、あまりにも長期に借金が続けば問題である。南米諸国 の経済は米国とロシア経済に密接に結びついている。ロシア経済の見通しが明るい分、南米は助けられている。
    多くの新興市場専門家たちは、新興諸国の潜在的成長性は先進諸国よりも高く、投資家にとってはうまみがあるいう点で一致している。ただし、2006年5月のドローダウンのような事態が起きうるという点を投資家は覚悟すべきだが。

    現実化するチャイナ・リスク

    2006年、中国に特化したヘッジファンドの運用収益は28.07%と、ヘッジファンド業界全体の平均12.36%を大きく上回った。ただし、今年も同じことが繰り返されるかどうか疑問である。
    中国は多額の不良債権を抱え、人民元切り上げに臨まなければならない。一説によると中国ではGDPの40~60%が不良資産化しており、「世界の工場」の 中国が、他国への輸出の上がりでコツコツと不良債権処理をするのは限度がある。90年代の日本の不良債権処理よりも深刻な問題と受け止められている。
    私は2007年2月初めに上海を訪れた。「中国経済は張子のトラ」という認識を持っていたが、上海空港から片道六車線のハイウェイで市内に向かうとき「規 模の巨大さ」に驚いた。市内を走り抜ける高速道路網はヒューストンを思い起こさせたし、自動車の混み具合はロサンジェルス並み、そして運転マナーの乱暴な ことといったらマンハッタン並み!
    上海は2千万人の人口を抱え、ちょうど、マンハッタン南のチャイナタウンが外へ外へとエネルギーを発散させ、アジア的な混沌さを保ったままマンハッタン島を北進して島全部を我が物顔にしてゆくような勢いである。
    市内の交通は、車、人、自転車、リアカー、バイクが広い道路上に入り乱れ、すべての人々がわが道を行く。当然譲り合いなどなく、事故が起こるかどうかのぎ りぎりのところでサッとかわしてゆく。それでもバックミラーもない自転車と車との接触事故は絶え間なく、年間の交通事故死亡者は13万人だという。
    こうしたその場さえしのげればよい、その日を暮らしていければ十分というサバイバル精神を「ダイナミックな中国」と評価する面もあるが、「薄氷を踏む思 い」でのリスクのとり方は投機的な要素があまりにも強い。中国の一般のビジネスにおいても投資において、帰納法的な計算されたリスクに基づく資本主義ゲー ムとは異質なものだろう。
    さらにまた、日中の比較ではひとつ大きな根本的違いがある。日本が国内市場にこだわり内へ内へとエネルギーが向かっていったのに対し、中国は最初から米国 を目標に国際化を目指し、視線は常に覇権に向けている。もっとも外へとエネルギーを発散させてゆかなければ国内の統制が思うようにかない。これが「薄氷を 踏む思い」でもって発展を続けなければならない台所事情でもある。
    それにしても、日本が高度成長後1980年代に規制緩和と市場開放に出遅れたことを見てきた中国は、日本の失敗からよく学んでいると思う。まず、多くの国 営企業の新株上場を米国大手投資銀行と仕掛け、最初から国際金融資本にリスクを転化させながらの国際化である。実際、国営企業の民営化は中国に巨万の富を もたらしたのだ。
    夕方のCCTV(中国の英語ニュース)によると、上海の不動産バブルに歯止めをかけ、かつ、投資資金を技術革新に向けるために政府がベンチャー投資振興に 乗り出した。政府は投資が失敗しても元本の70%を保証するという。ベンチャーは原則リスクが高い分成功すればそのリターンが高いのであって、これに保証 をつけるとなるとおびただしいベンチャー企業の屍骸の後にやってくる政府の膨大な不良資産が容易に想像できる。チャイナ・リスクが現実となるのはいつか。