国際金融情報 銭形ヘッジ(ZenigataHedge)

  • 2007年02月17日

    大学基金、ミクスト・アセットの時代へ

    かつてないほどの大量の投資資金を集めメガ・ディールを追い求めるプライベートエクイティ(PE)。PEのリターンは17.9%とヘッジファンド(HF)の10.4%を上回る。一方、先だって発表されたNational Association of College and University Business Officers (NACUBO) とTIAA-CREFによると、大学基金は過去10年間 (さらに…)

  • 2007年02月01日

    アディクタム誌 2007年2月号 記事

    ITその1; アンチ温暖化 ゴアの再挑戦

    2006年9月の大半を東京で過ごした。東京はひどく蒸し暑く、シンガポール駐在の証券マンは「東京もシンガポールのような熱帯気候になりました ね」と言っていた。ちょうど、ニューヨークへ戻るJALの機内で記録映画「Inconvenient Truth(不都合な真実)」を観た。地球温暖化の危機に真剣に立ち向かうゴア元副大統領の記録映画である。
    クリントンではなくゴアのような誠実な人が大統領になっていれば、米国も世界もっと変わっていただろう、とコメントする人もいる。しかし、理想的過ぎるゴ アは、大衆性と政治屋としての才覚を欠き、汚い仕事をどんどんやっつけるブルドーザーのような側近(典型的なのはブッシュの側近カール・ローブ)を使いこ なせなかった。ゴアはこういう連中を嫌っていた。ゴアは大統領職をブッシュに譲り、失意の中、かえって自分のなすべき使命に忠実になれたのだろう。ゴア は、いまや政治(世俗)の世界を超え「地球を救う」聖者のようである。
    映画の中で、ゴアは、科学者グループと共に自ら南極大陸へ出向き、調査に協力し、温暖化をさまざまな角度から実証している。感情的な反グローバリズムやカ ウンターカルチャー的運動に流されるのではなく、論理的かつ客観的に危機を説く。そのため、映画の中身は強い説得力を持つ。きちんとした科学的根拠に基づ く事実が、企業や政治家の都合の悪いときには「不都合な真実」として捻じ曲げられ、抹殺されてきた事が明らかにされる。
    たとえば、米国ではたばこの害が科学者の間では実証されていながら、長い間たばこメーカーはその真実を隠し続けた。南部出身のゴア一家はたばこ農場を持っ ていた。しかし、ゴアの姉は若い頃からヘビースモーカーで、ついに肺がんで亡くなった。たばこの害を知りながら生産を続け、娘を亡くしたことで、ゴアの父 は自責の念にかられ、自ら農場をたたんでしまった。映画ではこのようにゴアの家族のエピソードが語られる。求道者としての彼の政治活動の原点が家族愛に あったことを私は知り、深い感銘を受けた。

    ITその2; 胎動し始めた企業市民型資本主義

    米国をはじめとする先進国では、90年代後半以降、インターネットなど通信技術の発展により、個人は自宅にいながらいつでも好きなときに世界中の情 報を得られるようになった。そして、ネットを通じた個人は、金融市場にとっては投資家、企業にとっては株主、さらに、経済活動を担う消費者であり、また、 ボランティアに参加する地域住民として、さまざまな主体性を持ちながら多面的な分野で活動する存在となった。
    こうしたネット上で多面性を持った個人が投資家としてあるいは株主として、よい運用収益を求めて企業情報に直接アクセスする。グローバリゼーションが急 ピッチで進むにつれ、投資家と企業の間に存在する各国の行政や規制など各種利権の絡んだローカルな垣根は、情報の透明性を阻む障害と認識されるようになっ た。そして、国境を超えたシームレスで共通の価値に基づく、新しいビジネス規範・ルールが求められるようになっていった。
    このような大きな変化に気づいたビジネスリーダーたちは、グローバル化時代の共通規範を「Corporate Citizenship」(企業市民)と表象し、「企業市民」への自主参加を積極的に投資家に向けてPRするようになった。こうしたIR活動がグローバル 企業のイメージを高め、そして、ブランド力促進が顧客のロイヤルティーを高め、最終的には企業価値を高めるという前提に立った経営戦略こそ、競争力強化に つながると考えたためだ。
    先進諸国を中心とした世界が「企業市民」型資本主義へシフトをはじめるなか、ブッシュ政権は京都議定書にひとり背を向け、米国の一国覇権主義を貫く態度を 変えようとしない。だがその一方で、インドや中国など新興諸国が経済発展を遂げてゆくなか、グローバリゼーションの動きは加速され、世界に占める米国経済 の役割は相対的に低下してゆく。米国の資本主義原則そのものが、国際的な利害調整を阻むという事態も、今後十分に予想される。
    さらに、米国の国内にも社会変動の兆しが感じられる。そのひとつが人口増加である。米国の人口は3億人を超え、特にニューヨークなどの都市部では、住宅価 格の上昇、長い通勤時間など、かつての高度成長期の日本のような社会問題を抱えている。日本ほど人口密度が高くないにしても、安い石油をがんがん使って地 球温暖化に貢献する米国—このパラダイムはまもなく変化をせまられそうだ。
    まもなく、米国でも人口の約3分の一を占める戦後世代(1946年から64年に生まれたベビーブーマーたち)が大量に退職し、高齢化社会に入る。労働生産 と貯蓄に勤しんだ人々は、余暇と消費の局面フェーズに入る。限られた年金支給の中で生活する高齢者にとっては、皮肉にも、人口減少に向かう日本の「省エ ネ」や「もったいない」思想が見習うべきよいお手本になりそうだ。
    もうひとつの兆しは、米国の若い世代の意識変化である。将来の経営管理者を養成する米国の主要なMBA(経営修士号)を目指す若い人々の80%が、グロー バルな企業倫理の確立が必要と考えている。グローバリゼーションを所与とした新しいビジョンをもった経営者、行動する若い世代の登場がイニシャティブをと り、一国覇権主義のコスト負担を割に合わないと考えるようになると予想される。
    増え続ける人口、ますます希少となる天然資源、IT革命はさらに高度な段階に入り、あらゆる手続きがオートメーション化してゆく。資源再生・リサイクルを 推進し、地域社会や家族、教育、環境などもっと身近な問題に取り組もうという地球規模での人々の意識変化を、米国のもっとも感じやすい若い世代が理解し、 彼らが主導権をとって世界と協調してゆく方向へ米国をリードしてゆくのではないかと思われる。

    ITその3; 日米蜜月時代の終焉 私たちも変わらねば....

    米国のこうした社会意識の変化や社会変動、そして国際関係での利害の変化を、日本はよく理解し、パートナーとしての役割を果たしていけるだろうか。米国は自分のパートナーとして日本がふさわしくないと考える日が近いのではないかと最近、私は一抹の不安を感じている。
    知人の在米エコノミストは、昨年の夏場にかけて自民党シンクタンク創設に奔走した。彼は、S官房長官(当時の安部内閣)がいかに執行能力を欠如しているか を知り、がくぜんとしたという。彼はまた、ある経済政策を審議する会議に出席し、竹中氏側が提出したGDP予測がエクセル・シート一枚だったことに驚愕 し、日本のマクロ政策がいかに厚みのない議論によって決められているかを目の当たりにしたと嘆いていた。
    一国の消費税をどのくらい上げるべきか、こうした最重要問題に対して、米国では何人ものノーベル賞クラスの経済学者がモデルを作り、データを集めて検証を繰り返し、実証するという社会科学的な手続きの上にたって政策論議を尽くす。
    もちろん、いかに論理的に正しい方向が見えたとしても、日本でも米国でも、じっさいの政策執行においては、関係者の政治的立場や利害関係などさまざまな要 因が絡んでくるのは日米とも同じ。問題の本質は、科学的根拠に基づく「不都合な真実」をきちんと見極め、その上で前進するリーダーシップをとれる指導者を 主権者である国民が望み、政府が国民に対してきちんとコミュニケーションをとれるかどうかである。
    かつて、丸山真男氏は名著『日本の思想』において、日本の組織のセクショナリズムを「たこつぼ型」と称した。日本では米国の大統領制のような政権交代がな いので、たこつぼ型の利権が温存され続ける。その結果、政策担当者や政治家は、たこつぼの外で何が起きているのかを知らない。内部から情報が取れず、事態 が把握できない、社会科学的に詰めた議論ができず、速やかで効果的な対応ができないのだ。
    現在のブッシュ政権は米国の「保守本流」の原点から乖離し、ブッシュ・シニア時代へ後戻りしている。今や米国は新たなパラダイムシフトを求めており、これ から2年後の大統領選挙に向けて、米国一国覇権主義の矛先を大きく変えようとしている。そうしたダイア転換時代の中で、今後もわが国が有効な国際的地位を 保つためには、せめてわれわれ一人ひとりが「世界市民」としての自覚を持つことが不可欠と思われる。

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